会話が苦手だという人
当然ですが、社会生活の中では、いろいろな人と人間関係をスムーズにすることが求められます。コミュニケーションの欠如で引きこもりになり、とんでもないことになってしまう事例がニュースにも多く登場しています。
しかし、極端ではなくまでも、どうにも会話が苦手だという人、会話が嫌いだという人がいます。人との会話で、結局何を話していいのかがわからない、気まずくならないか、会話が途切れてしまうことに恐怖感を覚える人もいます。
確かに会話が途切れてしまって沈黙し、何となく気まずい雰囲気になるのは嫌なものです。基本的に雑談が好きだというタイプの人でも、会話が盛り上がっている時はいいのですが、話題がふと途切れて気まずい沈黙の時間がある時などはやはり苦痛を感じるはずです。
こうした嫌な雰囲気から抜け出すために、何か新しいネタ作りを無理やりに考えるのも、これはこれで大変です。こうした雑談の中から生まれる恐怖感というのは、誰でも完全に消すことはできないでしょう。
しかし、ここは考え方ひとつです。会話中の沈黙などはちょっとした休憩時間のようなものなのです。そもそもが、ただの「雑談」でもいいわけです。雑談をするのは何も初対面の人や見知らぬ人だけでというものではありません。親しい人達、つまり家族、親友、恋人同士とでもするわけです。
その時に沈黙する時間は必ずあるとおもいますが、それはどうでしょうか?普通の人なら、おそらく何のストレスも感じないのではないでしょうか?つまり、会話が途切れた沈黙の時間は全てが気まずい時間ということではないのです。